AⅣ近世(江戸時代)(1)【文学状況】重要度

いきなり、君のやる気を無くさせるような事を言ってごめんねえ。
君がこれまで受験してきた模擬テストの文学史の中で、近世の問題が出たことがあったかい?
おそらく答えは、
「あまりなかった」だろうね。
そうなんだ。入試に出てくる文学史の問題の中で、近世が取り上げられるのは、10%くらいではないかなぁ。

ということは、本稿でも、前回の中世の終わりで、古典文学史の問題のほぼ90%は勉強し終えたということだね。これで、入試には十分に対応できる実力を身につけたことになるよ。
 
文学史の問題が、独立したものではなくて、古典の問題の本文として引用されたものに関連させて出される場合も多いよね。
そんな時でも、近世文学の本文を問題として引用するのは珍しいから、結果的に近世文学史はあまり出てこないことになるね。
 
古典の教科書に、近世文学として掲載されているのは、松尾芭蕉さんか、上田秋成さんの作品くらいじゃないのかい。
それも、おそらく古典を教える先生が、授業で扱う教材からは外してしまうんじゃないの。
なんだかんだで、結局、入試問題にも出番が少なくなるわけだ。
 
そうすると、近世を勉強する気力が、ドーンと落ちてしまうよね。

そこでだ。ものは考えようだ。
試験にあまり出ない時代区分であるということは、出題されたとしても内容的には浅いものであるということを意味しているねえ。
 
ということは、代表的なものさえ覚えておけば、容易にできる問題だと言える。そうすると、近世文学史の問題は、
「労少なくして功多し」ということだ。ちょっと勉強すれば、バッチリと点が取れる時代だと言えるね。
だから僕は君に、近世文学をサラリと覚えておくことを強く勧めるよ。
 
それじゃあ、まず、近世という時代の区分だ。
今から400年ほど前(1603年)、徳川家康さんが、江戸幕府を開いた時が、始まりだ。
終わりは、140年ほど前(1867年)、江戸幕府が崩壊して大政奉還がなされ、明治維新に至るまでの、約260年間のことだねえ。
 
近世の大きな特徴は、中世のように社会全体が戦に巻き込まれるというような大規模な戦乱がなかったということだ。
まあ、260年間、ほぼ安定した政権のもとで、平和な世の中だったわけだね。
 
世の中が平和であれば、平安時代のところでも言ったように、文化、文芸が、おおいに発展する社会になるんだったね。
 
近世の社会の状況は、たいへん分かりやすいね。一言でいえば、権力者側と被権力者とのせめぎ合いの歴史だ。それは、年を経るごとに被権力者、特に町人が社会の中で力を持つようになってゆき、権力者である武士階級を実質的に飲み込んでいった時代だね。
 
これを思想的な側面からみると、
武士は、儒教思想をもとに理想主義的な考え方を持っていたのに対し、町人は、現実的、享楽主義的な生き方をしていたねえ。だから、簡単に言えば、堅苦しいことを言う人間の集団が、自由に楽しむ生き方をする集団に負けたということだね。
 
そして、文学的な面から考えれば、中世の連歌の流れと同じだね。
始めは、二条良基さん、新敬さん、宋祗さんなんかが出てきて、連歌は確かに遊戯だけれど、文学性においては和歌と変わらない、という信念で連歌道を発展させたんだったね。
 
ところが、連歌の文学レベルが高くなって、規則や形式を作ったり、連歌論までも完成させたりすると、それが逆効果になった。そして、やがて連歌は衰退してしまうことになったね。
それに代わって、荒木田守武さんや山崎宗鑑さん達が出てきて興隆させたのが俳諧連歌だったね。

堅苦しい規則や形式に縛られずに、自由に、面白く、おかしく連歌を作ろうということだったね。
例えると、武士は、伝統的な堅苦しい連歌であり、町人は、楽天的な俳諧連歌だと言えるよね。

文学の面からも、近世というのは、庶民が中心になった時代なんだよ。
世の中が平穏で、文学が大きく発展したことは、平安時代と共通しているけれど、文学自体のレベルがたいへん深化した平安時代に比べて、江戸時代は、文学の享受者がいっきに増えた時代だと言えるね。
言わば、平安期は文学の縦の軸が高く延びた時期であり、江戸期は横の軸が広く延びた時代だといえるね。
 
これが、近世文学の最大の特徴なので、しっかりと押さえておこう。
社会や政治の動向は、文芸にも同じような影響を与えるというのは、文化の原則的な法則だよね。