AⅡ中古(平安時代)(9)【最後の100年b】『歴史物語』

社会や政治状況が、混乱状態になってくると、人は、過去の歴史を振り返って総括することにより、何らかの希望や、さまざまな原因結果や、慰めや、教訓や、意味意義などを求めようとするものだねえ。
ここに歴史物語の存在意義があるんだ。
 
例えばちょうど今、不景気のどん底で、働きたくても働けない若者も多い。おそらく君が就職活動をするときも、現状とあまり変わらない厳しい状況だと思うよ。
こんな時、思い出されるのは、バブル最盛期のころだ。
日本中、異常なほど景気よくってさあ、仕事があり過ぎて人手が足りず、各企業は、驚くほど給料を上げて、従業員を集めるのに必死だったんだよ。だから、新入社員の給料が、長年勤めている社員の給料よりも上がるというな逆転現象まで起こったよ。

そのころ、僕が担任をして卒業させた生徒で、就職希望する者には、大企業も含めて1人に対して6、7社の求人があったねえ。
 
それが崩壊した今、友人同士でバブルのころの話をすると、隔世(かくせい)の感があると同時に、なんとなく心が慰められるよ。
まあ、こんな心の働きが、わが国初の仮名による歴史物語『栄花物語』創出の発端だったんだろうねえ。
 
平安時代の終りの時期には、作り物語は全く振るわず、人々はそれに代わるような気持ちも込めて歴史物語を書いたり、読んだりしたんだろうねえ。
栄花物語は、御堂関白道長さんの栄華を中心に編年体で書かれたものだったね。
それ対して次に出てきた歴史物語は、

『大鏡(おおかがみ)』これだ。

君は、「アレッ?」と思うかもしれないねえ。
歴史物語というから、名称は、「○○物語」というのかと思っただろうね。
そうなんだ。歴史物語のことを「鏡」と表現するようになったんだね。
どうして鏡と言うのかといえば、本文に次のような歌があるよ。
 
『あきらけき 鏡にあへば 過ぎにしも
いまゆくすゑの 事も見えけり』
 
「世の中の出来事の原因や結果を明確に映し出し、見ることができるような鏡があれば、過去のこともまたこれから先の未来のことも、間違いなく見通すことができる」
というように、歴史物語の働きを鏡にたとえて、表現したものなんだ。だから、大鏡が書かれてからは、歴史物語のことを「鏡物(かがみもの)」と呼ぶようになったんだよ。
 
内容は、栄花物語と同じく、藤原道長さんの栄華を中心に書かれているねえ。期間は、文徳(もんとく)天皇から後一条天皇までの、約180年間のことが書かれているよ。
 
栄花物語と違うところは、栄花物語が単に、道長さんを賛嘆して、過去を懐かしむというものだったのに対して、大鏡は、藤原氏一門を賛嘆しながらも、そのやり方や、世論にも目を向け、批判精神を強くした書き方になっているね。だから、裏面史ともいえるよね。
これは大きな違いだからしっかり覚えておこう。
 
もう一つ違うところは、書き方の構成が全く別物なんだ。
栄花物語は、年代順に書いていく編年体で書かれていたね。大鏡はそうではなくて、「紀伝体(きでんたい)」という形式で書かれている。

紀伝体というのは、中国の司馬遷などが「史記」で取り入れている構成方法だ。
その順序は、1.序(書かれるときの状況)、2.帝紀(天皇の説明)、3.列伝(活躍した人物の説明)、4.昔物語(雑多な話)などとなっているよ。
これは、編年体よりも面白く読める構成だね。

なによりも、大鏡の序は面白いね。
190歳と180歳のおじいちゃんが登場するんだ。そして、若侍に昔のことをいろいろ話す、という形で筋を進めていくんだよ。
だから、歴史という一見、堅苦しそうなものを、うまく読者の心を引き込めるように工夫されて書いているね。感心するよ。
 
次に出てきた鏡物は、

『今鏡(いまかがみ)』これだ。

今鏡は、大鏡の後を受けて、後一条天皇から高倉天皇までの約150年間のことを記しているよ。最後のところから、20年もすると、源頼朝が鎌倉に幕府を開くという年代だね。
 
これもまた紀伝体で書かれていて、今度は、150歳の老女から聞いた話という構成になっている。面白いね。確かに150歳であれば、150年前のことから話ができるわけだよね。
記述の中心は、朝廷の貴族の、詩歌や音楽に対する考えや、趣深いい遊びの様子などが書かれているね。
 
それではここで歴史物語を、まとめておこう。
 
1.栄花物語
2.大鏡
3.今鏡
4.水鏡(鎌倉時代)
5.増(ます)鏡(南北朝時代)
 
ここで、ついでに、中世に出てくる水鏡、増鏡も含めて覚えておこう。
大鏡、今鏡、水鏡、増鏡の4つの作品のことをまとめて、
《四鏡(しきょう)》と呼んでいるんだ。
また、暗記の仕方だけれど、次のように覚えればいいよ。
 
「集中豪雨だ、オオッ(大)、今、水が、増す」
 
というように「大今水増す」と覚えればいいねぇ。
さあ、これで歴史物語は終了だ。


続いて、説話文学に進もう。
一つの時代が終わりに近づくと、さまざまなものを、時代の証明として残しておこうとする働きが出てくるものだね。
そのひとつに説話の収集があるよ。最も多く集めてまとめられたのが、

『今昔(こんじゃく)物語集』これだ。
 
今昔物語集は、わが国初の最大の説話集と言えるんだよ。この作品は、本当にすごいと思うね。
題名の由来は、それぞれの書き出しが、「今は昔」で始まっているところからつけられている。
内容は、1000の短編小説集とでもいうべきものだね。堤中納言物語が十篇の短編小説集だったから、いかにスケールが大きいかが分かるよね。

また物語の舞台も、日本はもとより、インド、中国の説話も多く載せられているね。
内容は多種多岐にわたっているけれど、1つの特徴は、平安文学の中心だった貴族や僧侶という特権階級だけのものではなく、一般庶民の生活に根差したものが多く取り入れられていることだ。
 
今昔物語集は、その後の文学界、近現代の文学に至るまで、大きな影響を与えるものとなったねえ。
影響を受けた例の1つだけ紹介しておくよ。これは、よく知られているけれど、芥川龍之介さんの短編小説『羅生門(らしょうもん)』だ。
まず、今昔物語集から、その説話の冒頭部分を引用しておこう。
 
『今は昔、摂津の国辺(くにべ)より盗みせむがために、京に上りける男(おのこ)の、日のいまだ暮れざりければ、羅城門の下に立ち隠れて立てりける』
 
この冒頭部分を芥川龍之介さんは次のように書いている。
 
『ある日の暮方の事である。一人の下人(げにん)が、羅生門の下で雨やみを待っていた』
 
この2つを読み比べてみると、はっきりと、芥川龍之介さんは、今昔物語集を意識していることが分かるね。芥川龍之介さんのこの冒頭部分の記述については、下書きの自筆原稿が発見されているね。
それを見ると、正式な原稿にするまでに4回ほど、冒頭部分を書き直しているよ。その下書きの中には、《男は盗みをするために》というような意味を入れているものもあるね。

それを読むとさらに、今昔物語集の本文を意識した記述になっているのが分かる。
逆に、芥川龍之介さんの『羅生門』のテーマは、今昔物語集の原作とは全く違って、近代的なエゴイズムを中心に据えているね。
 
ただ、三島由紀夫さんが、輪廻転生をテーマに、浜松中納言物語をヒントにして書いた『豊饒(ほうじょう)の海』とは、全く違った書き方だね。浜松中納言物語と『豊饒の海』とは、登場人物にしろ、場面にしろ、文体にしろ、全く別作品だよね。三島由紀夫さん自身が、浜松中納言物語にヒントを得たと言わなければ、誰も分からなかったのじゃないかなあ。
面白いね。同じように古典作品に、ひらめきを得て書いた作品でも、こんなに違うんだね。
 
さあ、それじゃ、平安時代の最後に紹介する作品は、
 
『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』これだ。ジャンルは歌謡に入るね。
 
《後白河院》が作品を選び、制作したものだよ。

梁塵秘抄は、当時の人々が、今で言えば流行歌のように歌っていた歌や、寺や神社の信仰の場で、宗教上歌われた歌の歌詞を集めたものだ。
平安期3番目の100年の間に出てきた、藤原公任(きんとう)さん撰の『和漢朗詠集』に続くものだよ。
 
内容的には、厳かな神や仏にささげるものから、庶民の生活感覚豊かなものまで入っており、当時の人々の生活を知る上では、非常に重宝(ちょうほう)なものだね。
ただ、読むと、文学的というよりも、民俗学的な雰囲気のするもので、そういうことに興味がある人以外は、読んで楽しいというものじゃないよ。
というわけで、平安期の歌謡の作品として、
 
和漢朗詠集
梁塵秘抄
 
この2つをしっかりと覚えておこう。
さあこれで、平安時代の文学は終了だ。

最後に、これまでに出てきた、和歌集と歴史物語以外の作品をあげてみるから、その作品名を見て、関係する事柄が、芋づる式のように頭に浮かんでくるかどうか、試してみよう。
もし、「この作品はいったい何だった?」と全く関連することが思い浮かばない時は、本稿に出てきたところを再度読み直して覚えよう。
それを5回も繰り返せば、完ぺきだッ!

この覚え方は、中古に限ったことではなくて、全編にわたってやってちょうだいよ。
それじゃ、やっていこう。
 
漢詩文
 
1.凌雲集
2.文化秀麗集
3文鏡秘府論(評論)
4.経国集
5.性霊集
6.菅家文草
7.本朝文粋
 
日記文学
 
1.土左日記
2.蜻蛉日記
3.和泉式部日記
4.紫式部日記
5.更級日記
6.讃岐典侍日記
 
物語
 
1.竹取物語
2.伊勢物語
3.大和物語
4.宇津保物語
5.落窪物語
6.源氏物語
7.堤中納言物語
8.浜松中納言物語
9.夜半の寝覚
10.とりかへばや物語
11.狭衣物語
 
こんなところかなぁ。どうだい、頭の中に長い芋ずるが伸びていたかい?
さあ、それじゃ、次回からは、動乱の時代、中世に入っていこう。