AⅡ中古(平安時代)(1)【文学状況】

やれやれ、ずいぶん、間が開いてしまったね。ごめん。
心臓が悪くて、2週間ほど入院していたよ。
一昨日、退院したので、また、ぼちぼちと書き足していくよ。
 
さて、中古(平安時代)というのは、今から約1200年前(794年)に、桓武(かんむ)天皇が、腐敗堕落や権力闘争を終わらせて、新しい国を作ろうとして、京都に都を移した、平安京遷都(せんと)から始まったね。
終わりは、今から約800年前(1192年)、源頼朝(よりとも)が鎌倉に幕府を開いたときだよ。
その間の、400年間のことを中古(平安時代)としたんだね。

400年といえばずいぶん長いねえ。
例えば、今から400年前といえば、1600年、徳川家康が江戸幕府を開いたころだよ。
単純に考えても、現代の僕たちの生活や考え方と江戸幕府開設のころの人々との違いは、天地雲泥(てんちうんでい)の差だね。

中古の時代も、現代と江戸時代というほど極端ではないけれど、始めと終わりでは、政治、社会、文化も大違いなんだよ。
 
文学も400年間には大きく変化しているねえ。
ただ、その変化の仕方は、前にも言ったように、大きな文学の原理的な流れに沿ったものだね。
生まれてから元気よく育ち、青年になり壮年になって繁栄をし、やがて、老化が始まって、爛熟して腐るようになり、そして、終わりとなる、これだね。
平安時代の文学も、この原理の通りだよ。難しく考える必要などどこにもないよ。
 
さあ、それじゃあ、おおざっぱに、中古の文学を見てみよう。

最初の100年に流行したのは、漢文学だった。特に漢詩文は男性のたしなみとして大流行したね。

次の100年に流行したのは、和歌だ。日本の和歌の基本が、完成されたときだ。

さらに、次の100年には、この時期の最大の特徴である女流仮名文学が、見事に花を咲かせる。
 
最後の100年には、和歌も盛んではあったが、特に、歴史物語や説話文学が出てきたことは大きな特徴だね。
 
こんなに長い期間の文学なので、多くの日本文学史の教科書は、ジャンル別に記述しているものが多いだろう。
君の持っている教科書もおそらく、和歌なら和歌、物語文学なら物語文学として、平安時代全体を通じて、ジャンル別にまとめて書いているだろう。
 
そんな書き方をすると、その時その時の、人々の意識や感覚、思想のようなもの、さらに、生活感みたいなものが、後先になり、ちぐはぐになって、心に残りづらいんだよね。
だからここでは、400年間の人々の、その時々の気持ちを、少しでも、再体感できるようにするために、ジャンル別にせずに、代表的な作品を年代順に説明していくことにするよ。

ここで書いている通りに覚えれば、ほぼ、制作の古い順に覚えられることになるよ。
時々、ジャンルにまたがって、年代の新旧を問う問題などが出たりするけれど、これならバッチリだ。
なによりも、その時々の人々の心を少しなりとも身近に感じられ、共感することができる。その
感動こそ最高の記憶術だものね。
 
平安時代という時期が、日本の文学史の中において、いったい、どういう意味を持ったのか、簡単に触れておくよ。
結論を言えば、日本文学史上、最も文学的な深さを成し遂げることができた時代だ。
それはどうしてか。

文字通り、日本の歴史において最も「平安」な時代だったからだ。もちろん、さまざまな、権力闘争は当然、あった。人間が集団になれば、権力機構ができるのは当たり前だから。
だけど、平安時代は、全体的に言えば、「文化」が優先された時代だった。

国家、社会において、文化が優先される状況でなければ、文学の発達はないよね。
戦争で殺し合っている世の中で、文学なんかが盛んになるわけないよ。
反戦文学とかプロレタリア文学というのはあるけれど、それらは文学を方法論としてとらえがちなので、文学的深さを追求することからは逸れていったんだよ。
このことについては、近代文学に入ったときに少々、詳しく説明するよ。
 
平安時代の前の上代も、文化が優先された時代といえるだろうけれど、どうにか、文字というものを使うことに慣れかけた時期だったね。文学的にも、出発段階といえる状況で、文学的な深いレベルを追及するというような段階ではなかったね。
 
平安時代の次にくる中世(鎌倉時代)以降は、「武力」が優先される時代だね。
戦争状況が、時代の底流になっていて、力の論理が社会を動かす主流になった。簡単に言えば、文学など、刀や鉄砲の前に出れば、何の役にも立たない無駄なものとなったんだよ。
 
もちろん、この期間にも、さまざまな文学は出てきたけれど、力と力の争いの社会に対して、どこか現実から離れた静かな山の中へ逃げて行くか、世の中と人生を嘆き悲しむか、あるいは、無関心を装うか、というような作品となり、文学の可能性を狭める結果となったんだねえ。
 
そして、現在は、君も感じている通り、「経済」が優先される時代だね。
金もうけにならないような小説は今の世の中には出てこないよ。どんなに優れた作品でも、出版社の利益にならなければ、社会から消えていくような世の中さ。
君も、あまり文学書を買って読まないだろう。それだけ、レベルの低いものしか出版されていないということだよ。
現代は、優れた文学者にとっては暗黒の時代といえるよね。それも終わりが来ない闇の時代だ。
 
というわけで、平安時代の後にも先にも、文学的レベルを中古文学よりも深めることができた時代はなかったといえるね。
だから、平安時代の文学を楽しく読めば、日本文学の本質を感じることができるんだねえ。
まあ、ここは入試用の文学史だから、できるだけ余計なことは言わないように心がけます。