オチケン風『日本文学史』近現代Ⅰ【明治前期】(小説・評論) 〈2〉【啓蒙主義文学】
 
明治の始めは、長い鎖国時代を経て、本格的に欧米の文物が大量に輸入されてくる時期だね。当時の人々は、日本と欧米の生活状態を比較して、天地雲泥(うんでい)の差があることに気づかされたねえ。
 
欧米では蒸気機関が発明され、機械産業が急速に発展していた頃だよ。蒸気機関車ができて鉄道が敷かれ、蒸気船ができて遠洋航海ができるようになっていたわけだ。
それに対して日本は、馬に荷車を引かせてのんびり歩き、船には帆を上げて、大勢の人間が櫓(ろ)を漕(こ)いでいたんだ。
 
この違いは、欧米文化に対して、対抗するとか、取捨選択して取り入れる、というレベルのものではなかったね。日本が太刀打ちできるものではなかったわけだから、とにかく、何でもいいから、欧米のものを猿真似をしてでも取り入れて、日本も近代化したと言われるようにしたかったわけだね。
社会全体に、欧米至上主義の風が吹きまくったといえるよ。
 
欧米化は社会の至るところに浸透していったねえ。
このころ建てられた洋風建築は、今でも残っているものもあり、優れた記念碑的な建造物にもなっているよね。
それ以外に、今までの伝統的な日本の生活にはなかったものも多く取り入れられた。
 
明治天皇を迎えて競馬も行われたよ。隅田川ではカッターレースが行われて競艇の始まりにもなった。運動会といわれるものも行われたねえ。そして、明治16年、鹿鳴館が建てられ、欧米化の象徴になったことは、君が日本史で習った通りだね。
 
人々にとっては、われ先にと、ハイカラな欧米文化を取り入れることが、流行の最先端になったわけだ。
家庭にはミシンが入ってきた。これまで1針1針、手で縫っていたのとは大違いだね。だれもかれも、伝統的な竹の骨の傘を捨てて、こうもり傘を使い始めた。上流階級の人は、英語を学び、ローマ字を使い、乗馬をやり、牛の肉を食べ、西洋音楽の演奏会に行ったんだねえ。
 
華族、士族などという特権階級は残ったけれど、士農工商の身分制度が廃止され、一応、四民平等となった。
それは教育機関にも反映されて、明治5年には、寺子屋に代わって、平等に学べる近代小学校が開校されたよ。これによって、近世時代よりもはるかに多くの人たちが、文字を読むことができるようになったわけだ。これは、文学の発展に大きく寄与(きよ)したね。
 
近代文学も、こんな風潮の中での出発だった。だから、やはり、欧米文化との関わりの中から新しい作品が出てきたねえ。
 
さてと、まずは近代文学の最初の作品は、
 
《仮名垣魯文(かながきろぶん)》さんの、
『西洋道中膝栗毛(どうちゅうひざくりげ)』これだ。
 
この『西洋道中膝栗毛』という題名を読んだとき、君は、どこかで似たような作品を見たことがあったと思うだろう。その通りだねえ。近世に、十返舎一九(じっぺんしゃいっく)さんの『東海道中膝栗毛』という滑稽(こっけい)本があったね。
 
『東海道中膝栗毛』は、間抜けな者同士の、弥次(やじ)さんと喜多(きた)さんが、東海道などを、悪ふざけや失態を繰り返しながらおもしろおかしく旅をするというものだねえ。当時、大変に評判になって、模倣作品もたくさん書かれているよ。
 
『西洋道中膝栗毛』は、題名からも分かるように、『東海道中膝栗毛』の真似をして近代の世相にふさわしいように、書き変えたものだねえ。
主人公は、弥次さん、喜多さんの孫の弥次郎兵衛さんと喜多八さんという設定になっているね。そして、東海道の代わりに今度は、横浜からロンドンに行くまでの道中記になっているよ。封建的なしきたりと文明開化の様子とが、面白くおかしく対比されて書かれているお笑い話だね。
 
内容的にはおもしろいけれど、文体は近世時代のままだから、果たして今、君が読んで楽しいかどうかは、分からないね。
ただ、当時の、長い鎖国時代が続いた中で、外国を物語りの舞台にすることだけでも、実に新鮮味があったわけだね。
 
次に出てきた作品は、作者は同じく、
 
《仮名垣魯文》さんで、
『安愚楽鍋(あぐらなべ)』これだ。
 
安愚楽鍋というのは牛鍋料理のことだよ。徳川時代には、獣の肉を食うことは、けがらわしいということで、禁止されていたんだ。
ところが、西洋人がおいしそうに牛肉を食べているのを見て、肉を食べないと未開民族だと思われたらいけないと考えて、皆が進んで肉を食べだしたんだねえ。
それで、牛屋(ぎゅうや)という、すき焼きを食べさせるレストランまでできたんだよ。
 
『安愚楽鍋』は、そんな牛屋を舞台にして、そこに出入りする人々の会話や様子を描写することによって、文明開化がどのようなものかを、日常生活の中に表現しているね。安易に欧米文化の物まねをする庶民を滑稽に風刺しているんだ。
まあ、今読めば、会話文が多くて面白くない作品だねえ。

『西洋道中膝栗毛』、『安愚楽鍋』のような作品は、題材としては、文明開化に関連したものを扱っているけれど、文体や表現方法は、江戸戯作文学の流れをそのまま受け継いでいるよ。
そういう意味から言えば、これらの作品は、近代文学の出発ではあったけれども、伝統的文学とも言えるわけだねえ。
 
人々は、目まぐるしく近代化していく生活の中で、文学についても近世文学とは根本的に違った新しい形の作品を求めるようになっていったねえ。そこで出てきたのが、
 
《翻訳文学》これだ。
 
欧米の国々には、いったい、どのような文学があるのだろうか。これは当時の人々の大変に関心のあることだったよ。外国文学といえば、漢文学しか身近にすることができなかった人々にとって、西洋文学は、興味深々の、ぜひとも読みたい文学作品だったわけだ。
明治の初期に出てきた翻訳作品としては、
 
『ロビンソン・クルーソー』を翻訳した、
『魯敏孫(ろびんそん)全伝』
 
『アラビアン・ナイト』を翻訳した、
『暴夜(あらびや)物語』などが出てきたねえ。
 
翻訳文学の流れは、当時の人々の要望とも一致して、徐々に人気が増していったねえ。
そして明治10年代には、多数の翻訳本が出版され、1大ブームになったね。
その中で特に人気があったのが、
 
『80日間世界1周』(ジュール・ヴェルヌ作)この作品だ。
 
これは、科学冒険小説と言えるようなものだね。
内容は、大金持ちの独身貴族の主人公が、ロンドンで友人たちに、世界を80日間で1周することができると公言したことから始まる。それじゃ、やってみろ、ということになった。成功できるかどうかを賭けようとということにもなって、主人公は財産を掛け金にして、出すことを約束した。
 
ロンドンを出発して、たいへん面白く、奇想天外(きそうてんがい)な旅をする。途中、日本の横浜も通る。
地球を東回りに、80日以内に間に合わせようと必死になって進んで行く。
結果はどうだったのか、それを言うと面白くなくなるので言わないことにするよ。
 
この作品は、大ベストセラーになったねえ。
その後、何度も映画化もされているよ。今でもDVDが発売になっているから、受験勉強に疲れたら見てごらん。面白いよ。
それに、テーマ曲がすばらしかったね。スクリーンミュージックというよりも、曲そのものが名曲として、さまざまなところで使われたねえ。

翻訳小説とともに、近代文学らしさを表したものとしては、もう1つあるね。それが、
 
《政治小説》これだ。
 
政治小説は、日本の伝統的な文学の中には、全くなかったジャンルだね。『平家物語』などといった歴史物語は、〝物語〟とはいっても、史実に基づくものであり、人物も実在したものだね。政治小説は、まさに〝小説〟だから、作り物語になっているわけだ。
 
まず、代表作は、
 
《矢野龍渓(りゅうけい)》さんの、
『経国美談(けいこくびだん)』これだ。
 
小説の舞台はギリシャ。民主主義を掲げる正義の政治家が、悪党によって陥(おとしい)れられ、壊滅状態にされてしまう。そこで、志を同じくした憂国の騎士たちと共に立ち上がり、悪党どもを退治して、再び民主的な政治を取り戻して繁栄するという話だ。
 
『経国美談』は、海外の政治状況を書くというスケールの大きさに、未だかつてない新鮮味を感じさせる作品になったねえ。それに、主人公の正義の政治家が、当時の自由民権運動の活動家とも重なりあうところがあり、青年層に広く受け入れられたねえ。
 
次に出てきた作品は、
 
《末広鉄腸(すえひろてっちょう)》さんの、
『雪中梅(せっちゅうばい)』これだ。
 
末広鉄腸さんは、僕と同郷の出身なんだ。僕の卒業した高校のあった愛媛県宇和島市の生まれなんだよ。なにか、親しみを感じるねえ。
『雪中梅』は、苦学しながら実力をつけていった主人公の青年政治家が、さまざまな困難を乗り越えながらも政界に進出し、やがて、総選挙で大勝利をするという話だね。
 
どちらの作品も、板垣退助さんらによって起こされた、国会開設運動の時期とも重なり、大変な人気作品となったねえ。
国民の自由民権意識が社会的な潮流になり、政治を国民の手で理想的なものにしたい、という心情とぴったりと合ったといえるね。
 
この2つの作品は、いたるところに、筆者の政治理念のようなものが書かれているよ。だから、政治のための宣伝に文学が使われたともいえるね。でも、文学的には高くはないけれど、人々の心をしっかりとつかんだ作品になったわけだ。
 
2人の作者、矢野龍渓さん、末広鉄腸さんは、文学者というよりもむしろ政治家といった方がいいだろうね。
 
時代社会が目まぐるしく変わってゆく明治20年頃までは、文学状況においても、手探りのような状態で、それでも近代にふさわしい新しい文学を創造しようと活気に満ちた時代であったと言えるね。
本格的な近代文学の兆(きざ)しが見えてくるのは、次の段階へ入った時期からになるねえ。