オチケン風『日本文学史』近現代Ⅲ【昭和戦後】(小説・評論)〈13〉【第2次戦後派】
第1次戦後派より、少し遅れて、活躍した作家の一群を第2次戦後派と言うんだよ。当然、第1次戦後派よりも、世代は若いわけだ。
第2次戦後派の代表的作家は、
《三島由紀夫》さん。この人だ。
三島由紀夫さんは、参考書によっては、第1次戦後派の中に入れているものもあるねえ。
第1次戦後派と第2次戦後派の相違を年代的なもの以外には、何があるか考えてみよう。
そうすると、あえて言えば、第1次戦後派は、何らかの形で共産主義と関わり、また、政治的活動とも関係して、それが創作にも影響を与えた世代だろうね。
それに対して、第2次戦後派は、戦争末期にひたすら耐えて、〝死〟を身近に感じる体験を強いられ、それが創作の底流に流れている世代と言えるだろうね。
こう考えると、三島由紀夫さんは、作品の内容から考えても第2次戦後派に入れるのが、妥当ではないかと思うねえ。
三島由紀夫さんの初期の代表作は、昭和24年(1949)に発表された、
『仮面の告白』これだ。
何か、意味ありげな題名だねぇ。
三島由紀夫さんは、東京大学卒業後、国家公務員として勤めていたけれど、作家になる決意をして退職し、本腰を入れて書いた作品が『仮面の告白』なんだ。
同性愛にあこがれる弱々しい青年の告白という形式で書かれているねえ。
主題は、敗戦のどさくさから数年が経過し、少し自分を取り戻したときに感じられる、喪失感と虚無感だと言えるねえ。
その感覚は、当時の人々の心の中にも芽生えていたものだったので、共感と支持を受けたね。
同性愛を扱ったというのも、大きな話題となったよ。
『仮面の告白』は、三島由紀夫さんの小説家としての評価を高め、定着させたねえ。
次の作品は、
『潮騒(しおさい)』これだ。
『潮騒』は発刊されるとすぐに、大変な人気を博して、ベストセラーになったねえ。
何回も映画化もされて、大抵の人が知っている国民的な作品といえるねえ。
ただ、内容的には、三島由紀夫さんの作品の中では、異質なものだよ。ちょうど、夏目漱石さんが、『吾輩は猫である』を書いたようなものだ。
内容は、三重県の島を舞台に、若い純粋な恋人同士が、多くの困難や障害を乗り越えて、めでたくゴールインするという純愛物語だねえ。
『仮面の告白』やその他の小説のような高度な技巧性、特殊な美意識、作為的な構成などがなく、素直な物語の筋と表『仮面の告白』やその他の小説のような高度な技巧性、特殊な美意識、作為的な構成などがなく、素直な物語の筋と表現で、だれでも楽しく読めて感動する作品だよ。
今も小説の舞台となった鳥羽市では、観光の名所となっているね。
それじゃ次の作品は、
『金閣寺』これだ。
『金閣寺』も非常に有名だね。
昭和25年(1950)、京都の国宝金閣寺が放火され、全焼した事件をもとに書いているねえ。犯人は、見習い僧侶の大学生だった。
この放火事件について、三島由紀夫さんは、京都に泊まり込んで、詳細な取材をした上で作品化しているよ。
そうすると、小説は事件の事実をたどって書かれたものかというと、まったく違うね。
『金閣寺』は、三島由紀夫さんの、耽美的で独特な美意識によって創作された小説世界になっているよ。
『金閣寺』も大変な人気を得たねえ。
映画、演劇、オペラ、舞踊、ラジオドラマなど、さまざまな表現形式になって人々の心の中に感動を与えたねえ。
また、日本だけに限らず、多くの言語に翻訳されて、世界的にも高い評価を得る作品になったよ。
次の作品は、昭和44年(1969)から発表された、
『豊饒(ほうじょう)の海』4部作。これだ。
時期的にも内容的にも、『豊饒の海』が三島由紀夫さんの最後の作品と言えるだろうね。
『豊饒の海』は、『春の雪』『奔馬(ほんば)』『暁(あかつき)の寺』『天人五衰(てんにんごすい)』の4つの作品をシリーズとしてまとめたものだよ。
『豊饒の海』は、平安朝の古典、『浜松中納言物語』を典拠としているね。
『浜松中納言物語』は、古典としては珍しく日本だけではなく、中国も作品の舞台として構成されている、スケールの大きなものだねえ。
そしてテーマが、輪廻転生(りんねてんしょう)(人間が生まれ変わること)に据(す)えられていることは、この作品の大きな特徴になっているよ。
『豊饒の海』も、輪廻転生が4部作をつなぐ太いパイプになっているね。
でも、『浜松中納言物語』を典拠にしたといっても、両方を読めば明らかなことだけれど、全く違う作品だよね。三島由紀夫さんにすれば、『浜松中納言物語』をヒントにした程度のものだよね。
『豊饒の海』は、三島由紀夫さんの、命をかけて目指した究極の小説である、と言えるものだよ。
三島由紀夫さんは、昭和45年(1970)、『天人五衰』の最後の原稿を完成させ、編集者に渡した後、自衛隊の駐屯地に、自らが設立していた思想団体〝楯(たて)の会〟のメンバー4名とともに乗り込んだんだよ。
そして、建物本館の正面玄関から2階の最高責任者である総監の部屋に入り、総監を縛り、人質にして立てこもったんだよねえ。
三島由紀夫さんは、自衛隊に対して、自衛官を正面玄関前のグランドに全員集合させて、演説を聞くように、と要求した。
やがて、800名の自衛官が集まってきた。
三島由紀夫さんは、総監室から玄関上のバルコニーに出て、演説をしたねえ。
訴えた内容は、「国を守る自衛隊が先頭になって、天皇中心の国体にするために、憲法改正への決起をせよ」というものだったねえ。三島由紀夫さんは、こぶしを振り上げて、必死の叫び声をあげた。
ところが、マイクもなければ、自衛隊員のヤジは飛ぶし、さらには、事件を知ったマスコミのヘリコプターは飛ぶし、で、話の内容は、途切れがちにしか伝わらなかったねえ。
10分ほど演説をして、また総監室に戻ったよ。
そこで、上半身裸になり、短刀を左腹に突き刺し、さらに十センチほども右側に引き切ったねえ。腸が飛び出すほどだったようだ。
その後、楯の会の会員が、日本刀で三島由紀夫さんの首を落とした。これを介錯(かいしゃく)という。切腹した人の苦しみを短くさせてあげるためのものだ。
これで、ノーベル文学賞候補にもなった三島由紀夫さんの45歳の人生が終わったねえ。
独自の美意識に基づく耽美的な創作を続けた三島由紀夫さんは、人生の終わりも人為的な美意識に従って終えたのだろうねえ。
告別式で葬儀委員長を務めたのは、川端康成さんだったねえ。川端康成さんは、三島由紀夫さんの師匠と考えられているよ。
師匠は、弟子の自決に大変、衝撃を受けていたようだった。
この2年後、川端康成さんは、ガス自殺をしたんだったねえ。
僕は、三島由紀夫さんの作品の中で、意外な感じを受けた小説が1つ、心に残っているよ。入試には出ないので覚える必要はないけれど、『美しい星』という作品だ。
話の筋は、面白くなかったので覚えていないけれど、ただ、最後の場面だけが印象に残っているねえ。
それは、UFOが地上に降りてきて、登場人物がその空飛ぶ円盤に乗り込むという場面だ。
純文学作家が、SF小説に出てくるUFOを登場させ、しかも、違和感なく実感を伴うように書かれているところには、三島由紀夫さんの表現力の卓越(たくえつ)性を感じたねえ。
続いての作家は、
《大岡昇平(しょうへい)》さん。この人だ。の代表作は、
『俘虜記(ふりょき)』これだ。
『俘虜記』は、昭和23年(1948)に発表されているねえ。戦争文学としては、最もよく教科書に掲載される作品だね。
感動的な場面は、マラリアに冒され、本隊に置き去りにされて1人になった主人公が気を失った後、ふと正気に戻った時、目の前の草原に若い米兵が現れたところだね。
米兵は主人公に気づかなかった。主人公は銃口を米兵に向け、引き金に指をかけた。
その時、主人公は若い米兵の姿の中に、アメリカで待っている、彼を生み、大事に育ててきた両親の姿を見た。
そうすると指を動かすことができなかった。
こういう箇所だねえ。
心にしみて、味わいのあるところだ。
大岡昇平さんの、同じく戦争ものとしての作品は、
『野火(のび)』これがあるねえ。
『野火』は、フィリピンのレイテ島で警備兵をしていた主人公の手記という形で書かれているねえ。
(梗概)
『肺病になった主人公は、部隊からも病院からも見放されて、1人で米軍の攻撃から逃げ惑う。
ある教会の中に逃げ込んだとき、現地人の女が叫び声をあげたので、射殺する。
その後、戦友と出会って、助けられながら共に集結地へ向かう。
途中、連日の雨、米軍の攻撃、飢餓、疲労さらに、殺人の罪悪感などによって、精神に異常をきたす。
死亡した兵士に吸着していた蛭(ひる)を絞って血を吸う。手榴弾(しゅりゅうだん)で吹き飛んだ自分の肩の肉を口に入れる。戦友が射殺した兵隊の肉を食べる。
ついには、戦友から銃を奪い取って、戦友を殺そうとする』
こんなところだねえ。
大岡昇平さんは、敗戦間際にフィリピンのミンドロ島警備の暗号手として兵役についていたんだよ。それから、米軍の捕虜になって、レイテ島の俘虜病院に収容されたんだ。そこで敗戦を迎えたねえ。
『俘虜記』も『野火』も大岡昇平さんの戦争の実体験をもとに書かれているので、読者に対して非常に説得力のある作品になっているねえ。
ところで、先日行われた国公立前期2次入試で、京都大学理系の国語の問題に、戦争文学が取り上げられているねえ。
詩人の石原吉郎(よしろう)さんの評論集『望郷と海』から出題されている。
『望郷と海』は、シベリア抑留の経験をもとに書かれたものなんだよ。
悲惨な歴史や現実から目を逸(そ)らして、小さな世界の平和や幸福を求めようとする今の風潮の中で、悲惨の最たる戦争をテーマにした作品から入試問題を作るのは、現代の若者へのアンチテーゼな刺激として、いいのじゃないのかねえ。
さあそれじゃあ、第2次戦後派の最後の作家に進もう。その人の名は、
《安部公房(あべこうぼう)》さん。この人だ。
安部公房さんの小説は、これまでの日本の小説の概念を超えているものだよ。
安部公房さんの小説の特徴として、観念的、前衛的という言葉が適当なので押さえておこう。
疑いのない日常的な現実世界も、見方の次元を転換すれば、いかに虚妄の世界であるか、ということを見事に描き出しているよ。
ごちゃごちゃと説明するよりも、時々、教科書にも載る『赤い繭(まゆ)』『棒になった男』などを読めば、いかに観念的であり、前衛的であるかというのはすぐに分かるよ。
『赤い繭』も『棒になった男』も短編小説で、15分もあれば読めるので、気分転換に読んでごらん。面白いよ。代表作としては、次のようなものがあるよ。
『壁 S・カルマ氏の犯罪』(名前を無くした男が主人公)
『砂の女』(主人公が砂丘の穴の底に閉じ込められる)
『壁 S・カルマ氏の犯罪』は、昭和26年(1951)、『砂の女』は、昭和37年(1962)に発表されているねえ。
これら以外にも、予想もつかないような発想の作品をたくさん書いているよ。どれも、意外性があって面白いねえ。
三島由紀夫さんや安部公房さんは、戦後派を代表する作家であるとともに、現代文学の様相を予想させる作家でもあったねえ。
2人は確かに、非常に優れた文才を持っていた。ただ、それは、極めて個別的であり、個性的であり、普遍化しにくいものだった訳だねえ。
表現はよくないけれど、言わば、利己主義的文学であったといえるねえ。
利己主義的文学であったが故に、個々の作品は衝撃的なほど優れたものであったにもかかわらず、それが文学の流れとして後世には続かなかったわけだねえ。
作家個人の特殊な文学世界として完結してしまい、文学面から社会の潮流を形作るウネリのようなものにはなれなかったねえ。
これが、現代文学の最大の特徴だよ。
だから僕は、現代の文学主義を、
《スマホ主義文学》とつけたんだ。
1人の人間が、ひたすらタブレット端末を相手に操作をしている。他の人間と、顔を合わせて議論することもない。すべては端末を通して関わっている。嫌になればいつでも、外の世界、他人との関係を遮断することができる。
自分だけの世界、自分だけの価値観の中で生きている。そして、自分だけにぴったりと合っていると思えるもののみ、受け入れている。
これが現代文学だ。
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筆者略歴
高知県に生まれる
花園大学卒業
定年まで教育機関に勤務
専門は仏教文学
第6回問題小説新人賞受賞
(徳間書店)
https://prizesworld.com/prizes/novel/mons.htm
花園大学卒業
定年まで教育機関に勤務
専門は仏教文学
第6回問題小説新人賞受賞
(徳間書店)
https://prizesworld.com/prizes/novel/mons.htm
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